インフェルノのロケ地、フィレンツェを訪ねて

「インフェルノ」は、「ダ・ヴィンチ・コード」及び「天使と悪魔」の続編のミステリー映画です。

どの映画にも、イタリアの影響が色濃く現れているのですが、今回は「インフェルノ」のロケ地フィレンツェを中心にご紹介したいと思います。

この3つの映画を通して、トム・ハンクス演じる、ロバート・ラングドン教授が知識と経験から、様々な歴史の遺産に隠された謎を痛快に紐解いていきます。

シリーズを通して、あまりにも、ラングトン教授の説明が理屈が通っているようで、本当にそうなんじゃないかと思わされちゃいますよね。

今回は、ダンテ「神曲」「インフェルノ(時獄篇)」をモチーフにした、ボッティチェリの「地獄の見取り図」の謎を、ラングドン教授が解き明かすところから映画が始まります。

映画『インフェルノ』 天才対決編

映画「インフェルノ」を見直すならおすすめの方法があります。

映画の中の、ラングトン教授の足跡をたどりたいと思います。

フィレンツェ観光おすすめも紹介していますので、合わせてみてみてくださいね。

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インフェルノのロケ地、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂(ドゥオーモ)

冒頭シーン、フィレンツェの象徴サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂鐘楼が映ります。

そこから、過激な思想を持つ、バートランド・ゾブリストが、武装した政府関係者に追い込まれて、ある塔に駆け上り、飛び降り自殺するシーンへとつながります。

彼の過激な計画は、人類の半分を死滅させ、人口増加問題を解決する「インフェルノ」ウィルスをばら撒くことで、人間の絶滅の阻止を計画するというものでした。

このシーンでは、ゾブリストは、シニョーリア広場を抜け、バディア・フィオレンティーナ(Badia Fiorentina)教会の塔に登り、そこから飛び降ります。

バディア・フィオレンティーナ(Badia Fiorentina)教会

このバディア・フィオレンティーナ教会(写真右端の尖塔)は、バロック建築で、内部には、フィリピーノ・リッピの「聖ベルナルドの前に顕現する聖母」などの絵画が飾られています。

写真の中央左に見える教会は、サンタ・クローチェ教会で、ガリレオやミケランジェロの遺体が眠ることで、「イタリアの栄光のパンテオン」と呼ばれる教会です。

バディア・フィオレンティーナ教会のとなりには、同じように高い物見塔を持つ、バルジェッロ国立美術館があります。(写真中央右)

このバルジェッロ国立美術館は、長く公共建物として利用され、近年では、監獄として使用されていましたが、19世紀に美術館として改装され、今日の姿になりました。

ここにはミケランジェロの名作、「バッカス像」聖母子像、ドナテッロの「ダヴィデ像」など、素晴らしい彫刻のコレクションが並びます。

引用:https://www.visitflorence.com/florence-museums/bargello.html

建物も、城塞として作られており、美しいです。

記憶障害になって病院で目覚めた、ラングドン教授ですが、理由もわからない中、頭を負傷した状態で、突然追っ手から、銃撃を受けます。

命からがら、担当女医のシエナに助けられ病院を抜け出します。

彼女の家に逃げ込んだ時に、ラングトン教授がポケットに入っていた小型ポインターに気づきます。

シエナのアパートの位置も、映画の中に出てきていますね。

Via Dolorosa, Firenze

ストロッツィ宮の近くにあります。

ちなみに劇中に出てくる「Pensione La Fiorentinaホテル」は実在しません。

その小型ポインターが示す絵画が、ダンテ「神曲」に登場する「地獄編」に着想を得た、ボッティチェリの「地獄の見取り図」の絵画です。

そこに加筆され隠された記号が次の道へ導きます。

この絵画は、ヴァチカン・アポストリック図書館にオリジナルが所蔵されています。

ヴァチカン図書館では、実物を見ることはできませんが、ヴァチカンのデジタルアーカイブで見ることは可能です。

ヴァチカン図書館オフィシャルサイト↓

https://digi.vatlib.it/view/MSS_Reg.lat.1896.pt.A?ling=it

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「地獄の見取り図」に「cerca trova」のアナグラム化されたキーワードを発見して、この言葉を頼りに、ボーボリ庭園(Boboli)を抜け、ヴェッキオ橋の2階につながるヴァザーリ回廊を通って、ヴェッキオ宮殿に入ります。

物語の中では、大会議室「500人大広間」にて、ジョルジョ・ヴァザーリの「マルチャーノの戦い」に隠された、「cerca trova(探せ、さすれば見つかる)」を探します。

ヴァザーリ回廊

ヴェッキオ橋2階、ヴァザーリ回廊

ヴェッキオ橋ってよく見ると2階がありますよね。そこがヴェザーリの回廊と呼ばれる、元メディチ家専用の隠し通路です。

地面に降りる事なく、ヴェッキオ宮殿ーウフィツィ美術館ーピッティ宮殿とつながっています。

1kmくらいあり、アルノ川まで渡ってしまう豪快な秘密の回廊です。

ボーボリ庭園

ボーボリ庭園は、ピッティ宮殿の裏庭から、つながる広大な公園です。かつては、メディチ家専用の庭で、外部の人間は簡単に入ることができませんでした。

広大な庭園で、起伏もあり、結構体力を使います。

ただ、庭園内の高いところから、フィレンツェ市内とドゥオーモを見ることができます。

この庭園でぜひオススメなのが、ボーボリ庭園を設計した、ベルナルド・ブオンタレンティのGrotti「人工の洞窟」です。

人工石灰で作られた、とろけたような洞窟と彫刻は、見ものです。洞窟を意味する「グロッティ」は「グロテスク」の語源にもなっています。

フレスコ画「マルチャーノの戦い」

緑の旗に「cerca trova」と書いてある文字は、実際には肉眼で探すのは結構大変です。

オペラグラス片手に探してみるのもいいかもしれませんね。

絵画の中の中央の山の麓辺りにこっそりと緑の旗があります。

この壁画の下には、レオナルド・ダ・ヴィンチの「アンギアーリの戦い」の未完の大作が隠されていると言われます。

フレスコ画中の、フィレンツェ兵士が掲げている緑色の軍旗「cerca trova」には、実際にヴァザーリのメッセージが隠されていて、最近の研究で、「アンギアーリの戦い」の壁画があったと考えられる壁が、薄い二重壁になっていて、ダ・ヴィンチの壁画がそのまま残されているのではないかということがわかってきたようです。

ヴァザーリが、「探せばあるよ」と描いたのは、このことだったんでしょうね。

ダンテのデスマスク

ヴェッキオ宮殿1階のホールに、ダンテのデスマスクは展示されています。

ただ、オリジナルのデスマスクは、ラヴェンナのダンテ博物館(Museo Dantesco)にあるものだそうです。

ラヴェンナには、3種類のデスマスクがあります。

ダンテは、フィレンツェに生まれたものの、政争に敗れ、このラヴェンナに移り住んで、叙事詩「神曲」を完成させ、生涯この土地に住んだそうです。

現代においても、ダンテは、ラヴェンナで眠っています。

地図の間(Sala delle Carte Geografiche)

地図の間(Sala delle Carte Geografiche)内の、アルメニアの地図が、映画の中で隠し扉になっています。

この扉は、実際にあるそうです。実は、部屋にある地図のいたるところが開けられるようになっていて、このアルメニアの地図以外は、タンスなんだそうです。

この隠し扉は、フランチェスコ1世・デ・メディチが、愛人である、ビアンカ・カッペッロのための隠し部屋に使ったのだそうです。

妻の没後にすぐにビアンカと結婚した、フランチェスコは、メディチ家の威厳を貶めたと言われたそうです。

この秘密の扉を通って、ラングトン教授は階段を登っていきますが、実際には上には上がれないそうです。

さすがは、古い宮殿です。いたるところに隠し扉とそれにまつわる話があるようですよ。

その小部屋から、500人広間を覗ける、覗き穴があるそうです。

政治にかかる会議を盗み聞きしていたんですね。

スキャンダラスですよね。

サンジョバンニ洗礼堂

サンジョバンニ洗礼堂

映画の中で、ダンテのマスクが隠されていたのは、サンジョバンニ洗礼堂です。

ダンテは実際にこの洗礼堂で洗礼を受けます。

ダンテの「神曲」「地獄篇」では、「わが美しき聖ジョヴァンニ」というセリフが出てくるように、ダンテにとって思い入れの深い洗礼堂だったことがわかります。

また、このサンジョバンニ洗礼堂を有名にしているのは、15世紀に完成した、「天国への門」です。

この門の設計競技が、ルネッサンス文化が始まりになったと言われています。

ダンテは14世紀に亡くなっていますので、この美しい天国への門は、見れていないんですね。

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インフェルノのロケ地、ベネチア、イスタンブール

San Marco寺院と広場

サン・マルコ寺院

映画の舞台は、サンマルコ広場に移動します。

ここでは、他の映画では珍しく、サン・マルコ広場で何かが起こるというよりも、サン・マルコ寺院の屋上と地下で、物語が進みます。

屋上では、4頭の馬にまつわる話になりますが、歴史上でもこの4頭の馬は、数奇な運命を辿ってきました。

歴史上では、当時の第4回十字軍が、コンスタンチノープル(現イスタンブール)から、略奪の限りを行うのですが、当時東ローマ帝国でキリスト教だったコンスタンティノープルを襲うという、十字軍にはあってはならない所業でした。

その時にこの4頭の馬は、ベネチアへ戦勝品として持ってこられました。

よく見ると、4頭の馬が不自然な位置に首輪をしているのですが、馬を持ってくる時に重すぎて、首と体を分けたから、その傷を隠すために首輪がつけられてたそうです。

映画では、追っ手から逃げるべく、サンマルコ寺院の地下に、ラングドン教授とシエナは逃げ込みます。

ラングドン教授が、

ペストの時代には、ペスト患者が、船にいないかチェックするために、40日間入港させなかった。その40日(イタリア語で:クワランタ)が、英語のquarantine(クワランティーン:検疫)という言葉になった。

というのは、おおーって思いましたね。一つ賢くなりました。

ヴェネツィア旅行について、詳しく書いていますので、こちらもぜひご覧ください。

アヤソフィア、イスタンブール

最後のシーンは、

アヤソフィア又の名をアギア・ソフィア大聖堂と呼ばれる、世界最大級の教会建築としている、知られています。

時代ごとに教会になったり、モスクになったりしてきた建物です。

現在は博物館になっています。隣のブルーモスクと合わせて、イスタンブールで最も人気のある観光スポットです。

映画に出てくる、地下宮殿ですが、アヤソフィア隣地で貯水池として使われています。

336本もの支柱があるそうで、ライトアップされた姿は、一見の価値があります。

「インフェルノ」で登場した、町をフィレンツェを中心に見てきました。

映画「インフェルノ」をもう一度見直して、イタリア旅行に備えたいですね。

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